はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 90 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノはダンの隣に座る兄がやけに上機嫌なのが気に入らなかった。

隣からの勝手な差し入れに文句を付けるでもなく、真っ先にふわふわのパンを手にした。ヒナがきゃあきゃあ言いながら同じパンを取って、カイルもダンもそれに倣った。

我が家の朝食に欠かせない丸パンは不人気だ。今朝に限っては、そこそこ人気のカリふわのトーストにさえ誰も手を付けない。ジャムとバターをつけたらすごく美味しいのに。とはいえブルーノもバターたっぷりだという新作のパンから頂くことにした。

スープを一口飲んで、カゴに手を伸ばす。つい、堅い丸パンを取ってしまった。プライドが邪魔をした。金持ちの気まぐれな施しほど腹立たしいものはない。

「ブルーノ、このパン美味しいですよ」ダンがパンを両手に言う。

まるでヒナやカイルと同じ。まったくもって子供じみているし、こっちの気持ちなどお構いなしだ。

「スープにはいつものパンが合う」つっけんどんに返す。

「確かにそうですね。このパンにはブルーノのコーヒーが合うかもしれません」

知ったふうな顔が癪に障った。「飲めないくせにか?」

「の、飲めますよ」強がるダン。

「ダンは苦いのにがて」ヒナが暴露する。

「ヒナも苦手だろ。マーマレード嫌いなんだから」今度はカイルが暴露。

「マーマレード嫌いなのか?うまいのに。このパンにも合うぞ」スペンサーは貰い物のパンを気に入ったようだ。

「いらない。このままがいい」ヒナはパンにかぶりつきそっぽを向いた。

「ま、確かにな。で、お前はどうして不機嫌なんだ。ブルーノ」スペンサーが矛先を変えた。

「不機嫌?そんなことはない」ひとまず否定するブルーノ。

「ブルゥふきげん」ヒナが決めつける。

「違うと言っているだろう」声を抑えなおも否定する。

「ダンが何かしたの?」ヒナが、まさか!?という顏をする。

「どうして僕が?」ダンは心外だとばかりにヒナを睨んだ。どうやら主従関係はあったりなかったりらしい。

「何をやったんだ?」とスペンサー。

「ダンは関係ない!」

言ってしまって、あまりに強く否定しすぎたことに気づく。ダンはぎょっとしたようにこちらを見ているし、ヒナとカイルはぽかんと口を開けている。スペンサーは――案の定、今にも噴き出さんばかりだ。

ブルーノはダンの向かいに座ったことを後悔した。とはいえ、着席順でそうなってしまったのだから仕方がない。ヒナがスペンサーの席に座り、カイルが俺の席に。だからこうなった。

「その言い方だと、ダンが原因だと言っているようなものだぞ」スペンサーが声を震わせ、咎めるように言う。

笑いたきゃ笑えばいいだろうに!

「そうなんですか?」ダンが不安そうに眉根を寄せた。

「違う。そうじゃない」ブルーノは首を振った。

「ブルーノは雨が嫌いなんだ。憂鬱になるんだって」カイルがいやに狼狽える兄を助ける。

「ピクルスと同じだ!」ヒナがひらめきを口にした。

「ピクルスは憂鬱にはならないぞ。あいつは年寄りだから雨が苦手なんだ」

「ブルゥ、年寄り?」

「まあ、ある意味ではな。ヒナといくつ違うと思う?」スペンサーは偉そうに椅子の背にもたれ、ヒナに答えを要求した。

「七でしょ。ヒナ知ってるよ。スペンサーは一〇だから、もっと年寄り」ヒナは身を乗り出し、スペンサーに一撃を加えた。

そこで一同、やっと口を閉じた。

喋り過ぎていたことに気付いたのだ。

かくして食事は再開した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 91 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノが不機嫌なのは、朝食の手伝いに降りて行かなかったからだろうか?このうえ片付けも手伝わなかったらどうなってしまうのだろう。いちおう言わせてもらえば、パンとゆで卵は僕が運んだんだけどな。

ダンは食堂に一人居残り、冷めた紅茶をちびちびと啜っていた。

スペンサーが口にするまで、ブルーノの機嫌が悪いなんて気付きもしなかった。

そもそも出会って二日半で、常に顰め面のブルーノの機嫌の良し悪しなんてわかるはずがない。二十二年一緒にいるスペンサーだからこそ気付いた。カイルは気付いていなかったわけだし、僕が気付かなかったからといって責められる謂われもないし(誰も責めてはいないけど)気に病むこともない。

でももしヒナの言うように僕のせいなら……。

ダンは空いたカップを手に席を立った。窓の外に目をやり、ブルーノを憂鬱にさせるこの地方特有のじとじとと降る雨に向かって恨み言を呟いた。「僕のせいではない」

食堂を出たところでスペンサーと出くわした。彼は待っていたのか、たまたまなのか。

「ダン、ちょっといいか?」

どうやら待っていたようだ。面倒なことでなければいいが。

「ええ、でも片付けてからでもいいですか?」

スペンサーはダンの手の中に視線をやった。

「あいつに気を遣うことはないぞ。まあ、時間が余れば手伝ってもらって結構だが、お前はヒナのためにここにいるんだ。で、俺はヒナに関することでお前と話がしたい」

スペンサーの口調は、長男に見られがちな有無を言わせぬものだった。もしくは、人の上に立つべき様々な要素を備えた人物特有のもの。ダンには両方馴染み深かった。

「わかりました。別に気を遣ってどうこうというわけではないですから」ダンは自らの行動を釈明した。ブルーノのご機嫌取りの為に片付けを手伝うわけじゃない。ただ、始終なにかしら食べているヒナと余計者の僕が加わったせいで、ブルーノの仕事量は激増したに違いない。だから手伝うのはある意味では当然のことだ。

スペンサーはもの言いたげに眉を上げ、ダンの手からカップを奪い取った。「では、行こうか」

ダンは形ばかりの返事をして、スペンサーのあとに続いた。カップは途中、花台に捨て置かれた。

ブルーノに見つかったら面倒なことになりそうだと、ダンは哀れなカップを横目で見ながら先へ進んだ。

書斎に入ると、スペンサーは定位置ではなく、書斎机の前のソファにぞんざいに腰をおろし、ダンに向かいに座るように促した。

ダンが着席するや、待ちきれないとばかりにスペンサーは口火を切った。

「ヒナが昨日、ブルーノと一緒に風呂に入ったとか?」

「え、ええ。ヒナがどうしてもと言うので。でも、今後はひとりで入るようにと言い聞かせました」ダンは慌てて言い返した。

わざわざ呼び出されて注意されるほど問題だとは思いもしなかった。ブルーノの了承は得ていたし、ヒナがとんでもない行動に出る前に――あそこをちらりと触りはしたが――引き揚げさせた。

むしろ問題になるのはこちら側でのこと。ヒナがブルーノと裸の付き合いをしたと旦那様に知られないように、僕は出来得る限りの策を講じなければならない。ヒナがうっかり手紙にそのことを書いてしまわないようにとか、使いでやって来たロシターにポロリとこぼしてしまわないようにとか。

「おや?そうなのか。ヒナにはブルーノの相手をたっぷりして欲しいと思っていたんだが、まあいい」

どうやら問題は別にあったようだ。ダンは身構えた。

「そうビクつくな。追い出したりはしない」スペンサーがニヤリとする。

「わかっています。約束ですから」ダンは強気に出た。

「その通り。で、訊くが――」

ダンはごくりと唾をのんだ。

「ヒナとウォーターズは知り合いではないのか?」

ああ、そうきたか。

ダンは眩暈と共に、椅子の背にぐったりともたれた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 92 [ヒナ田舎へ行く]

今朝のスペンサーはごきげんだった。

雨が降っていて、今日の予定はまるまる先送りになったが、それでも朝っぱらから生意気な弟の醜態を見ることが出来たのだから、気分は上々。

ダンの顔には疲労の色が見える。ヒナの世話が大変なのはもはや周知の事実だが、昨夜はブルーノとヒナの戯れの監視役まで務めたのだ。さぞかし疲れた事だろう。だがあの馬鹿は、朝食の席でダンに対して無礼な態度をとった。ただ不機嫌の原因を訊いただけなのに。

まあ、知っていて訊いたこっちも悪かったのだが、あいつはいちいち深刻に捉え過ぎるから性質が悪い。軽く受け流すという技を身に付けさせた方がいいな。

とはいえ、ダンを気にしてこちらの気になることをそのままにはしておけない。ここでの生活は暇なので、延々とヒナとウォーターズの関係について考える羽目になる。いくら暇とて、そんなのはごめんだ。

「ヒナはああ見えて顔が広い。なんたって公爵とも知り合いだ」スペンサーは高飛車に言い、返事を急かした。

「それはそうですが、ウォーターズさんはいわば労働階級の人間ですよ。ヒナとの接点などあるはずがないでしょう?」ダンは背筋を伸ばし、きっぱりと否定した。疲れた様子はどこへやら。

「クラブ経営だろう?単なる労働者とは訳が違う」むしろ身なりや態度は紳士階級の嫌みったらしさ満載だった。

「まぁ、そうですけど」ダンは渋々言い、袖口のありもしない糸くずを払った。

目の下にくまはあっても、身なりだけは完璧だ。やりすぎ感は否めないが。たかが朝食にでさえ気を抜かない。まあ、それを言うならヒナもだが、ヒナは時々ひどく乱れた状態であちこちうろついていることがある。ダンの目から逃れて何をしているのやら。

「それで、どうなんだ?ヒナは一時預かっているだけの存在だろう?お前の知らない交友関係があってもおかしくはないし、ウォーターズがヒナの父親と懇意だという可能性もある」

「それだと、ウォーターズさんは知らないふりをしたことになりますけど。彼にそんなことをする理由があるとは思えませんが」ダンは言葉のはしに不快さを滲ませた。

確かに、そう言われればそうか。ヒナの方で無視する――あれを無視したと言い切るにはかなり無理があるが――理由があったとしても、向こうに同じような理由があるとは思えない。

そもそも、ヒナがウォーターズを知らないふりをする理由も見当たらない。

ということは、二人が知り合いに見えたのはやはり気のせいか。ヒナがただ単に懐いただけ。カイルもいつの間にか侵入していたウェインとかいうやつにすっかり懐いて、ジンジャーを調教してもらうんだとかなんとかくだらないことをほざいていたし。調教師でもあるまいし、ただの近侍にそんなこと頼めるか。

「ウェイン――」スペンサーは言葉を切り、ダンの表情を伺った。「とかいうのに、カイルは夢中になっていたな」

「馬車レースで優勝したことがあるとか、それでだと思います」ダンは淡々と事実を述べた。

「それはすごいな」スペンサーは感嘆した。カイルがジンジャーを紹介したくなったのも頷ける。「馬のことをよく分かっているんだな」そうでなければ、レースに出ることはおろか優勝なんて出来るはずがない。途端にウェインとやらにフロッキーを見せたくなった。ブルーノと二人で育てた中では最高の駿馬だ。

「そのようです」

ダンの返事はどんどん素っ気ないものになっていく。もしかして機嫌が悪いのか?

「ウェインとは知り合いか?使用人というのはあちこちで情報交換しているものだろう?」

「知り合いではありません」

にべもない。これ以上の会話は難しそうだ。

「そうか。午前中はヒナとカイルの勉強をみるんだったな」

「ええ。と言っても、アダムス先生が課題を用意してくれているので、僕はそばで見ているだけですけどね。カイルが退屈しなければいいんですけど」

「ヒナとなら退屈はしないだろう」スペンサーは確信を持って断言した。

「そうですね」

雑談終了だ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 93 [ヒナ田舎へ行く]

ああっ。もう!

生きた心地がしなかった。

スペンサーの探りの入れ方ときたら!いやらしいったらない。

ウェインのことは知っていたのか?

もちろん。なんて言えるはずないじゃないかっ!

今思えば、ウェインに関して知らないふりをしなくてもよかったかもしれない。面識はあるとかなんとか、適当に言ってはぐらかしておけばよかった。でも、中途半端に嘘を吐く方がぼろが出やすい。嘘を吐くなら徹底的にだ。

まったく。ヒナと旦那様には今後は気を付けてもらわなければ。イチャイチャ禁止!

ダンは逃げるようにして書斎を脱出すると、階段を一段抜かしで駆け上がり、一目散に自分の部屋に戻った。途中、花台に捨て置かれたカップがどうなったのか、気にする余裕など微塵もなかった。

あの場でまったく(とは言い切れないが)動揺を見せなかったことだけが救いだ。そのせいか、避難場所へ戻るや否や、足ががくがくと震えだした。簡素なベッドにくず折れるように座り込むと、隣の部屋に通ずるドアが開き、ヒナが顔を覗かせた。

僕の小さな主人は、休む暇を与えてくれないようだ。

「ダン、どこ行ってたの?」顔の横で栗色の毛がふわりと揺れる。「アダムス先生の宿題どこ?」ヒナは背中でひとまとめにしていた髪をほどいていた。シャツと下穿き一丁でぷらぷらと部屋に入ってくる。

なぜまたそんな恰好を?という疑問は後回しにした。

「ああ、えっと、黒い鞄に入っています。ちょっと待ってください」ダンはよろよろと立ち上がり、窓辺の書き物机の上の手提げ鞄をガソコソとやった。

「ブルゥにいじめられた?」

えっ?と顔をあげると、ヒナは驚くほど至近距離にいて、一緒に鞄を覗き込んでいた。

「いいえ、ブルーノではありません。スペンサーに呼び出されて、こてんぱんに」思い出しただけでも背筋が震える。スペンサーのあの飄々とした態度の裏には、絶対にとてつもない悪意が潜んでいる。

「泣いた?」

「泣きませんよっ!まったく。こうなったのも、ヒナと旦那様のせいですからね。ほとんどばれかけてましたよ。『ウォーターズとヒナは知り合いなのか?』なーんて、とぼけた感じで訊いてきましたけど、あれは計算し尽くされた演技でした。スペンサーを甘く見てると痛い目に遭いますよ」

はいどうぞ、と宿題をヒナの前に揃えて置いた。結構な束だ。

「ダンも演技で乗り切った?」ヒナがわくわく顔で訊く。

ダンは鼻高々、胸を張った。「ええ、もちろんですよ。平然と知り合いなんかじゃないと言ってやりました。ウェインのことも知らないとすっぱり言い切りました。ヒナもそのつもりでお願いしますよ」

「はいっ!」

威勢のいい返事をし、ヒナは宿題の束を手にやって来たドアとは別のドアから出て行った。下穿き一丁で。

「ヒナッ!!待ってくださいっ!!」

ダンは後を追った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 94 [ヒナ田舎へ行く]

「カップが投げてあった」

ブルーノは廊下にぽつんと置かれたティーカップを手に、犯人の元へ参じた。

「それがどうした?」

犯人はとぼけた。

あえて追求する気はなかった。あそこにものを置くのはスペンサー以外にいないし、注意しても無駄だとわかっているし、そもそもあのカップはダンが使用していたカップだ。

「ダンに何をした?」

「おいおい。随分な言い様だな。ダンと話をするのにいちいちお前の許可がいるのか?」ひとを食ったような物言いはスペンサーの得意とするところだ。いつだってイライラさせられる。

「何の話だ?」

「何の話?ヒナのことに決まっているだろう?お前の裸はどうだったかなどと訊いたとでも思っているのか?馬鹿を言うな」

チッ!それに近いことは口にしたらしい。「ダンはヒナのお目付役だ」

「だから当然お前たちの湯浴みにも参加したというわけか。気の毒なことだ」

気の毒だと?正直言わせてもらえば、ダンはおれの裸を見れて光栄だろうよ。スペンサーのような怠惰な人間の身体を見せられる方がよっぽど気の毒だ。と思ったが、口にしたのはまったく別のこと。

「カイルがヒナと勉強することに反対、というわけではないだろうな?」

ブルーノはスペンサーと向かい合って座り、二人を隔てるどっしりとした低いテーブルの上にカップを置いた。

「反対などするものか。午前中だけでもカイルを黙らせておけるんだぞ。お茶とおやつの差し入れを忘れるなよ」スペンサーはブルーノに向かって指を突きつけた。

偉そうに。言われなくてもそうするつもりだ。

ブルーノは了解のしるしに軽く頷き、スペンサーが本題に入るのを待った。

スペンサーはつと窓の外に目を向け、うんざりとした溜息を吐いた。雨で憂鬱になるのはなにもブルーノだけではない。

「ダンにヒナとウォーターズの関係を訊ねた。きっぱり否定されたが、どうも怪しい」スペンサーは声に疑義の念を滲ませた。

「具体的にどう怪しかったんだ」ブルーノは訊いた。

「強く否定しすぎだ。労働者と高貴な身分のヒナが、知り合いなはずはないとさ」

「労働者とはウォーターズのことか?ダンがそんな言い方を?」にわかには信じがたい。

「まあな。だが、まるっきり嘘だとも断言できない。ダンはヒナのこととなると、使用人魂を発揮し過ぎるきらいがある」

まるでダンのことを知り尽くしているような口振りだ。いくら洞察力が優れているからといっても、たった三日で何がわかるという?

「となると、しばらく様子を見るしかないな」ブルーノは憮然と応じた。

「まあ、そう言うことだ。ウォーターズについて調べるように手配したんだろう?」スペンサーはころりと口調を変えた。疑惑はさておき、実務に移る。

「ああ、昨日のうちにしておいた」

ついでにダンについての調査も頼んだことは伏せておいた。

なにもスペンサーを出し抜こうとしているわけじゃない。これは単に個人的好奇心が故の行動だからだ。もしもスペンサーが知っておくべき情報があがってくれば、すぐにでも差し出すつもりだ。けれども、言う必要のない情報(自身の判断だが)は一切開示するつもりはない。

二度までも狙った獲物を掠め取られるのはごめんだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 95 [ヒナ田舎へ行く]

ダンは逃げるヒナを追いかけ、書斎の前まで来ていた。

ヒナが目指す場所は図書室。すぐ隣だ。

書斎のドアは開いていた。たいていは開いたままになっているので、気にも留めず通り過ぎようとした。

途端にヒナにぶつかった。逃げるのを楽しんでいたヒナがついに止まったようだ。

「ヒナ、戻って着替えを――」

ヒナは人差し指をダンの口に押し当てた。「シッ!」

なに?

書斎から、声が漏れ聞こえてきた。スペンサーとブルーノだ。なにやら深刻そうな声音。

ヒナはすでに壁にへばりつき、聞き耳を立てていた。つい、ダンもそれに倣った。息を潜め、破廉恥な姿のヒナの頭の上に顎を乗せる。

「だからダンを追い出せと言っただろう」スペンサーの声。

ダンの心臓はドッキンドッキンと激しく脈打ちだした。追い出されることは承知の上で、粘りに粘り何とか居残ることが出来たのに、問題はまだくすぶっていたのだ。

ヒナがごくりと唾を飲み込んだ。こっちは口がカラカラで飲み込む唾がない。

「その話は終わっただろう」ブルーノ。

そうだ、終わった!ダンは口をつぐんだまま猛烈に抗議した。

「だったらもう少しマシな態度が出来ないもんかね?まさか、たった三日ですっかり参ったとか言わないだろうな?」

参った?ブルーノが降参したという意味だろうか?いったい何に?

ヒナがニヤニヤしながらこちらを見上げていた。いったい何が可笑しいのだろうか?

「そっちこそ、邪魔をする気か?」とブルーノ。静かな口調だが、どことなしか警告するような響きが感じられた。

「お!認めるのか。前回は何ヶ月ももたもたしていたくせに」スペンサーはにやけるヒナと同じで、明らかに面白がっている。

「だから取ったのか?」ブルーノは怒気を含め問いただす。

しばらく間があり、スペンサーが高慢な口調で返した。「共有しただけだ。あれもそれを望んだ」

いったい何の話?ヒナや僕のことでないことは確かだ。もちろんカイルのことでもないだろう。

「仕方なしにだ!結局、耐えきれずに去った」とうとうブルーノが爆発した。

「お前、トビーがそんな理由で出て行ったと思っていたのか?ははっ……」スペンサーは乾いた笑いを漏らした。

ブルーノの反論はなかった。

ヒナは真剣な顔で部屋の中を覗き、ダンは冷や水を浴びせられたように呆然としていた。

トビー。ブルーノがかわいがっていたという雑用係。出て行った理由は定かでないものの、ダンの知識の許す限りで仮定すると、ブルーノとスペンサーはトビーを取り合い、共有した。

それはつまり……どういうこと?えっと、ヒナと旦那様のような……いや、クロフト卿がジェームズを追い回すようなもの?いやいや、共有と言うからには、クロフト卿に群がるクラム卿やダドリー卿、その他もろもろのようなもの?

ダンは混乱し、気付けばヒナを残してその場から立ち去っていた。

立ち聞きなんかするんじゃなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 96 [ヒナ田舎へ行く]

たった三日でブルーノが参った相手がダンだと気付いた(正直すっかりお見通しだった)ヒナは、書斎に闖入した。

胸元に宿題を抱え、裸足で絨毯を踏みしめながら、当然のように二人の間に割って入った。といっても座ったのはブルーノの隣。カップの横に宿題を置き、足を折り曲げるようにしてソファの上に乗せた。

スペンサーとブルーノはジィーとヒナを見ている。突然のことに掛ける言葉が見つからなかったようだ。

「ヒナはブルゥの味方」ヒナは宣言した。

ブルーノとスペンサーがダンを取り合うなら、断然ブルーノを応援するというわけだ。一緒にお風呂にも入ったことだし。

「なんの味方をするって?」スペンサーが怪訝そうに訊ねる。

「スペンサーはダンをこてんぱんにしたから、しーらないっ」ヒナはそっぽを向いた。

スペンサーは傷ついた顔をした。「ああ。さっきのことを言っているのか?ヒナはウォーターズと知り合いなんだろう」

「違いますっ!」ヒナはスペンサーのひっかけにも動じなかった。が、強く否定し過ぎてかえって怪しい。

「ヒナ、ズボンは穿かないのか?」無口ブルーノがやっと喋る。

「あ!忘れてた」どうしてダンが追いかけてくるのか不思議には思っていたのだ。面白いから逃げていたが、そういうことかと納得する。

「これからカイルと勉強だろう?」とスペンサー。

「そうですけど」スペンサーには警戒心剥き出しのヒナ。つつっとブルーノに擦り寄る。

ブルーノはヒナの馴れ馴れしさにも動じなかった。「そんな恰好をしていると、ダンに怒られるぞ」

「ダンは怒らないよ」だって、ショックを受けたから。「ねぇ、トビーってだれ?」

ヒナの問いに、二人は喉の奥に餅を詰まらせたような音を漏らした。

「前にここで働いていた子だ」スペンサーが餅を喉に詰まらせたまま答える。

「ふ~ん」知りたいのはもっと違うこと。例えば『きょうゆう』の意味。ブルゥはトビーにも参ってたのか、とか。「ヒナよりもお兄さん?」まずは当たり障りのない質問を浴びせる。

「ん、そうだな。カイルよりも年上だった気がするが――」スペンサーは曖昧に口を濁した。

「じゃあ、ダンと一緒?」ヒナは追及した。

「ダンのひとつ上だ」ブルーノが誤りを正す。

「どうしてやめちゃったの?」

「さあ、なんでだろうな」と言ってブルーノはスペンサーを睨みつけた。

ヒナもついでに睨む。

「カイルが手伝うようになったから、雇う必要がなくなったんだ。それだけだ」

スペンサーは子供相手だと思って嘘で誤魔化そうとしている。ヒナはピンときた。

「そうなんだって、ブルゥ」ヒナはブルーノに軽く体当たりをした。スペンサーの言葉を信じてないよね?というアピールだ。

「ブルーノ、お前が納得しようがしまいが、そういうことだ」スペンサーはブルーノから攻撃を受ける前に話を締めくくった。

ブルーノは息を吸い込み、胸を膨らませた。反論の言葉が出掛かっているようだが、ヒナがいるので自重したようだ。ヒナもピリピリした空気に耐えきれなくなった。折り畳んでいた足を延ばして、ソファからおりると、宿題を手にした。

「ブルゥ、ジャムクッキーお願いね」ヒナは図書室へ逃げ込んだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 97 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナが出て行くとすぐにブルーノも書斎を後にした。

ヒナとカイルのおやつを用意するためだったが、その実、これ以上スペンサーと同じ空気を吸っていたら、あらゆる感情が爆発してしまいそうだったからだ。スペンサーの言動すべてが気に入らなかった。そしてことのほか動揺した自分自身が気に入らなかった。

カップを手にキッチンに戻りながら思う。ヒナにあのような恰好で邸内をうろつくことをやめさせなければと。

それから立ち聞きはよくないことも言っておかなければなるまいと。

だが、ヒナに言って通じるものだろうか?

そもそも他人と同居するなかで、聞かれてはまずい話を誰にでも聞こえるように話していた自分たちが悪い。長らく兄弟だけで過ごしたせいで、そのあたりの感覚がマヒしているのだ。

あんな私的な問題をドアを開けたまま話し合うなど、愚かの一言に尽きる。ダンに聞かれていなくてよかった。

「ブルーノ。ヒナ見た?」

図書室に向かうカイルと玄関広間で出くわした。手には筆記用具ではなく、なにやら茶色い布切れを持っている。おそらくヒナのズボンだろう。

「ヒナならもう図書室だ」

「え。もう?これダンに頼まれたんだ」カイルがズボンを掲げながら言う。手伝いを頼まれて嬉しそうだ。

「ダンはどこにいた?」

「知らないよ。僕の部屋に来て、それからどこか行っちゃった。ダンに何か用?」

「いや、別に」用と言うほどのことはない。ただ、スペンサーとの諍いのあともあってか、ダンの居場所を把握しておきたいと思っただけだ。「ココアの差し入れをすると言っていたから」

カイルの顔がぱあっと華やぐ。「勉強が終わったら、おやつなんだって。アダムス先生のときはいつもそうしてるって、ヒナが」

「そうか。じゃあ、終わる頃にはダンはキッチンに顔を出すだろうな」

「たぶんね。じゃあ、僕勉強してくるっ!」

カイルは横をすり抜け、パタパタと音を立てながら走り去った。ヒナがいったいどんな勉強をしているのかは知らないが、カイルがやる気になったのは喜ばしい。

キッチンに戻ると、作業台の上に木製のトレイがひとつ置かれていた。陶器の蓋付きポットと茶葉の入った瓶。それとメモ書き。

『ナッツのクッキーとお茶を差し入れてあげてください ダン』

ポットの蓋を開けると、クッキーがぎっしりと詰まっていた。ロンドンから持参した茶葉は特別にブレンドされたもののようだ。ココアはいったいどうなったのだろうかと、瓶を片手に考える。

よほど手が塞がっていない限りは、自ら給仕するはずだが――

ヒナいわく、スペンサーにこてんぱんにされたようだから、気落ちしているのかもしれない。だが仕事が出来ないほどではないはずだ。ダンはそんなに弱くはない。

部屋に様子を見に行くべきか、メモ書きの指示通り、ぬるめの(これはかなり重要だ)紅茶を準備しておくべきか。

ブルーノはしばし悩んだ末、メモ書き通りにする事にした。

これもきっと、ダンに参った証拠なのだろう。

予感はあった。

だからこそ、スペンサーと二人、ダンを追い出そうとした。

結局できなかったが。

でもそれでよかった。

問題は、同じ轍を踏まないかということ。

トビーの時は譲ったが、今回は譲れない。

なにひとつ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 98 [ヒナ田舎へ行く]

スペンサーはひとりになると、声を出して笑った。

すぐ隣にいるヒナに聞こえようが、廊下をゆくブルーノの耳に入ろうが構わなかった。

馬鹿な弟は、予想通りダンに対して、トビーの時と同じような感情を抱いてしまった。

好きだのなんだのとは違う。恋愛云々ではない。

お気に入りのぬいぐるみを可愛がるような、そんなものだ。

だから無理矢理奪おうとすれば抵抗するし、手に入ればそれで満足する。

あいつは自分で気付いていないが、そうなのだ。

トビーの場合、突然いなくなったものだから、いまだにしこりが残っている。俺が奪っただの奪わないだの、くだらないことをほざく。

二人ともあの狡賢い小生意気なガキに振り回されていたというのに。馬鹿なやつだ。

まあ、馬鹿なのはお互い様だ。あの手のガキにころりといってしまうのは、相変わらずなのだから。

ダンは生意気ではあるが――そこが好みだったりするのだが――、仕事上仕方がない。ヒナに仕えているとなれば、ある程度尊大な態度を貫かねばなるまい。
少々派手好きだが――これは理解しがたい――、相手を騙そうとか、下心があって自分を飾りたてているわけではない。媚びたりもしない。ついでに言うなら、物を盗んだりもしないだろう。

つまり、トビーとは全く違う。

だからこそ、今回は本気でブルーノと戦わなければならないだろう。

ヒナは味方になってくれなかったし、ダンもそっぽを向いた。立場上しなければならないことで、相手に悪印象を持たれるのはやりきれない。
だがやはり、どんなに不興を買っても、ヒナとウォーターズの関係を突き止めなければならないし――なにもないならそれはそれでいい――、伯爵の望む通りのことをしなければならない。

それが仕事だから。

ふいにヒナと伯爵の関係に疑問が湧き上がる。

伯爵はヒナの両親と繋がりがあるが、ヒナはいまバーンズとかいう公爵家の次男に預けられている。そこから派遣されたダンがヒナの面倒を見ているというわけだが、では両親はどこにいる?

ヒナは口止めされているのか、両親のことは話そうとしない。ダンに探りを入れても、誰の指図か、ヒナ以上に口が堅い。

はっきりと断言できないものの、ヒナは人質のようなものではないだろうかと、スペンサーは考えている。

伯爵を怒らせでもしたか、伯爵が相手から何か引き出そうとしているか……。

とにかく鍵はヒナの両親にありそうだ。

そのうちダンに酒でも飲ませて訊き出すとしよう。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 99 [ヒナ田舎へ行く]

ひょんなところから情報はこぼれ落ちてくるものだ。勉強を終え、おやつも食べ終え、昼食の支度へ向かうカイルを捕まえたのは、ほんの気まぐれだった。

あれこれと調べものが多く、その方面への手紙をやっとのことで書き終えたスペンサーは、ひと息吐きがてら弟の相手をしてやろうと思ったのだ。

「え?ヒナのお母さん?いないよ。死んだんだって」カイルはノートを大事そうに胸に抱き、ちょっとだけだからねと出入り口に近い椅子にちょこんと腰をおろす。

これほど大事な情報がカイルの口から飛び出そうとは、スペンサーには思いもよらぬことだった。

「では、お父さんは?何か聞いているか?」いささか動揺したまま、貴重な情報源に訊ねる。

「お父さん?ヒナはお父さんのことは何も言ってなかった。おじいちゃんはデンザブロでしょ?」

「それは知ってる」正確にはデンザブロウだ。

「あ、でも、お母さんの友達はニコって言って、女傑なんだ」

女傑?なぜそんなことまで知っている?「ニコか……」だが、それだけでは情報不足。

「そうそう。たぶんだけど、ジュスってひとのお兄さんの奥さんだと思う」

ジュスってひとのお兄さん……。

ニコ。

ニコラ・バーンズ!未来の公爵夫人か!

ヒナはただ顔が広いだけではなかったのだ。母親は間違いなく貴族階級の人間で、日本人(コヒナタ)と結婚した人物ということになる。

すでに亡くなってはいるが、探し出すのはそう難しいことではない。が、ヒナの素性について詮索してはならないと代理人に言われている。これはヒナの扱いの条項にも記されている。

まぁ、要するに、ばれなければいいのだ。ダンの存在同様に。

「カイル、ヒナの両親についてもっと聞き出せ」下手に調べるよりも、その方が手っ取り早い。

「いやだよ。ヒナは友達だもん」カイルは心底いやそうな顔をした。ヒナとの友情はすっかり確立されてしまったようだ。

「友達でも、これは仕事だ」机をバンッと叩き命ずる。

「そんな仕事いやだ。お母さんが死んで悲しいのは一緒だもん」カイルは泣きべそをかきそうになっていた。

「わかった、わかったからそう興奮するな。では、ヒナがもし両親のことを口にしたら報告する。それでいいか?無理矢理じゃないぞ」

カイルをこれ以上刺激すれば暴れかねない。子供というのは泣くのと暴れるのと同時に出来る器用な生き物だ。

「うん。それならいい。でも、ヒナが秘密って言ったら喋らないから」カイルは仕事と友情とを天秤に掛け、折り合いがつく範囲で、渋々ながらも了承した。

「それでいい」

別に悪いようにしようってわけじゃない。何も知らないまま、仕事をしたくないだけだ。それに、ヒナのことが分かればダンのことも分かるかもしれない。もちろんその逆もある。

「じゃあ、僕行くね。ブルーノが勉強終わったら来いって言ってたから」

「行ってこい。ああ、それから、これからも勉強を続ける気なら新しい筆記用具を注文するが――」

「え?いいの?新しいの買ってくれるの?」カイルがパタパタと駆け寄って来た。頬を上気させ、かなり興奮している。

スペンサーは口元を綻ばせた。学校も勉強も嫌いだったカイルがせっかくやる気なのだ。必要なものはすべて揃えてやりたい。「午後、町に行く。注文しておこう」

カイルはわぁと声をあげ「ありがと、スペンサー」と言うと、目にもとまらぬ速さで部屋から出て行った。

真っ先に報告するのは、きっとヒナだろう。

つづく


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